好調の太陽光発電
スーパーマーケットの計画はあるが。
営業開始は二〇年秋の予定である。
人の営みには潤いや遊び場が必要だが、そのような雰囲気がない街である。
近い将来、この街で三万人以上が生活することになる。
住民の増加に伴って商業施設も増え、少しずつ賑わいのある街になっていくだろう。
台地の原野を開拓して新しくつくられたT研究学園都市の中央にあるT大学を初めて訪れたとき、自転車に乗ってキャンパス内を移動する学生の姿を見て、アメリカの大学に来たような印象を抱いた。
しかし、何度か訪ねるうちに、アメリカの大学都市とは異なると感じた。
アメリカの大学では、教授の多くはその街に住居を持っている。
教授と学生とが飲食をともにするレストランやカフェ、バーもある。
しかし、T大学は地元との一体感も学生と教授との一体感もあまり感じられない。
教授の多くは一時間半余をかけて東京から通っている、と聞いた。
平成一七年八月に開通したT線は、A区とT市の間を最速四五分で結んだ。
T大学の学生もやがては東京からT線で通うようになるだろう。
いっぽうでT研究学園都市には大学以外に国や民間の研究機関が数多く建設されているので、T線の開通で街も活性化すると思える。
T線のターミナル駅のA地区は、昔からの電気製品のディスカウントショツプも多い。
電子部品の専門小売店も軒を並べている。
その部品を使って携帯電話搭載端末を開発したACCESSをはじめ、ハイテクのベンチャー企業がここから数多く輩出している。
東京都がA地区を「日本最先端のIT拠点」にする意向を持って、駅前に広がる都有地をコンペによって売却。
N社、D社、K建設の三社によってA地区再開発の核となる「A地区クロスフィールド」が建設された。
デベロッパーの先物買いで、A地区の地価は平成一六年あたりから上昇しているが、新しい都市の開発は計画どおりにはなかなか進まない。
人が住むことに魅力を感じられる街を完成させるには、事前の予想より時間がかかる。
K市にも近年新しく開発された街がある。
K市A区のS地区である。
平成一九年四月、A市からS地区に移転したY大学にオペラなどの公演ができるホールが完成した。
そのお披露目公演のオペラ『愛の妙薬』に、私は招かれて出かけた。
主役は日本のトップ歌手、合唱団とオーケストラはY大の学生によるものだった。
私はホールの音響装置の素晴らしさに驚いた。
公演が始まる前に時間があったので、S駅周辺を歩いてみた。
見事に調和のとれた街で、高さ制限で住居はすべて二階建て。
色も統一されていて、一住戸はかなり広い区画であった。
聞けば、S地区はK市と地元の大地主とで、緑豊かな街づくりを開発の基本構想として計画的につくられた街とのこと。
S市がつくったD市の現代版といった趣きがあった。
公演が終わってA市長が「K市といえば工場の街というイメージがこれまで強かった。
平成一六年にK駅前に開館したKホール、今回のY大の移転、オペラも上演できるコンサートホールの完成で、工場の街から文化の街へ変わっていくことを嬉しく思っています」と挨拶された。
S地区は戸建てによる街の造成と新駅開発が一体となった素晴らしい街づくりといえよう。
これまで新駅の開発といえば、Y線のH駅とT駅の間の、住む人もほとんどいない丘陵地帯をK組が大規模に開発し、請願駅としてG駅ができたことが有名である。
G駅前は、放射線状に道路がつくられ、ターミナル、大型ショッピングモール「オーロラモール」を建設し、それに連なる形で数多くの集合住宅がつくられ、活気ある街となった。
外国に目を向けると、一九六〇年に供用を開始したブラジルの首都も、街そのものは、当時のK大統領が新都市の建設とRからの遷都を発表してから四年足らずで完成したものの、実際に人が生活し都市として機能するまでには、供用開始から三〇~四〇年もかかっている。
私は見たことはないが、世界遺産に登録されるほど美しく整然とした都市と聞く。
だが、大企業の本社機能の移転などは少なく、新都市建設はいまのところ成功だったとはいえないとの記述もある。
Mビルが手がけたような、そこに人が大勢住み古くからの商店や飲食店がたくさんある既成市街地の再開発のほうが、権利調整に根気と時間がかかるが、開発後の街に活力がみなぎるまでの時間は短い。
再開発で成功するには、そこに昔から住んでいる人との共存がいい、と考える。
順調に動き始めた例としてはR地区の再開発がある。
M地所のRビルは、地上九階地下一階建て、高さ三一メートルから、地上三七階地下四階、高さ一八〇メートルの高層ビルに建替えられた。
地下一階から地上四階まではファッション・雑貨の店やデリカテッセンなどの商業店舗が入り、その上層にはカジュアルレストランが、さらに眺めのよい三五階と三六階には高級レストランが入ったことで、集客力を高めている。
その結果、それまで土日など休みの日にはひと気のなかったMに人が集まってきた。
夜はイルミネーションで飾られて、若い女性が集まる街になった。
向かい側には、新Rビルがあるが、これも平成一七年に建替え工事が始まり、一九年春、地上三八階地下四階建て、高さ一九八メートルの高層ビルに変わった。
Rビルとは仲通りをはさむM商事ビルも、平成一八年春に地上二一階地下三階に建替えられた。
M地所所有のビルの建替えはこれからも続いていく。
M地区は、東京の都心四区とほぼ同じ広さ。
そこで働いている人もおよそ三〇〇万人と同じである。
M地区には約一五〇万人が住んでいるが、東京の都心四区に住む人は六一万人とまだ少ない。
都心に高層集合住宅が急ピッチで建設されているので、都心の夜間人口は増加していくと思われる。
これから先東京都心の再開発は一段と進み、都心部の地価は中・長期的には値上がりしていくと思える。
建築基準法の改正ほかさまざまな規制緩和によって、一〇年前にはできなかったマンションも建てられるようになった。
たとえば、Y市のM通りを車で走っていると、崖のように切り立った急斜面を削るようにして建っているマンションを見かける。
片側から見ると四階建てに見えるが、反対側に回ると六階建てである。
地盤面を基準に建物の高さや階段が決まるので地盤面のとり方によっては低層住宅しか建てられない地域でも図のような建物が建てられる。
これは、平成六年の建築基準法の改正によって、地上階の床面積の二分の一を上限に、地下を容積率算出の対象から外すことができるようになり建築可能になったマンションである。
“斜面マンション”とも呼ばれる。
たとえば、六階のマンションだが、上の道路面より下にある二階は地下という扱いになっている。
平地のマンションの場合、陽の当たらない地下部分に用途はないが、この法改正でデベロッパーが注目したのが斜面地だ。
崖のような斜面で南に面していれば、斜面部分を削る形でマンションを建て、崖の上の道路に入り口を作る。
そうやって、崖から上の部分が地上階、エレベーターで下に降り、容積率の一・五倍まで使用できる。
こうしたマンションの多いMはYでも人気のエリア。
平地なら土地は高いが、斜面地だから地価は安い。
マンションデベロッパーにとっては魅力的だし、そこに住みたいという人にとっては、価格が低く買いやすい。
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